2011年11月06日

#22 院長のアバクロ潜入第二弾

院長のアバクロ潜入レポ第二弾

さて久しぶりの銀ブラ(銀座をぶらつくこと)と洒落込みまして、銀座松坂屋あたりを過ぎる頃、なにやら風に乗って漂う香水の香り、ああ、これは忘れ去ろうとしていたあの匂い! 大胆にも銀座のホコ天を支配しようとしているかのような強烈な香り。恐るべしアバクロ! 他人の迷惑も顧みない戦略か。

などといいつつも、近頃やたらと目につくA&Fのマーク、この僕もアバクロがチマタで流行っているのがやっと実感できるようになってきました。さあ怖いもの見たさに再び潜入です。

前回のアバクロ潜入のときにはその異様とも言える非日常空間に圧倒されて、半ば放心状態でしたが、今回は余裕あり。何事も経験ですね。

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『なぜにこのように暗いのか!』、ご老人ならば『電気をつけなさい!』と怒りだしそうなエントランス。そして、いました、いました、お約束の裸踊りのあんちゃんが。でもひとりで踊るのは寂しそう、自慢の腹筋(シックスパックという)も悲しげです。

7Fから下まで店内は大盛況、まとめ買いの中国系のお客が目につきました、チャイナマネー健在というところ。

ストアスタッフはニットのセーターが季節を感じさせてとてもキュートでした。しかも愛想がいい。この僕のように周囲から浮き上がって『猟師に鉄砲で撃たれやしまいか』と緊張しているとき、ニコっとしてもらうだけで嬉しいものです。

そしてガンガンに流れるアバクロの音楽がこの銀座アバクロを魔の宮殿のごとく修飾しています。ちまたでは聴くことのないこのメドレーはネット上でたくさん紹介されているようです。

さて今回の潜入の記念にシャツを購入しましたが、例によってすごい袋に入れてくれました。しかし地球に優しい妻はいつでもエコバックをカバンの奥に忍ばせているので助かりました。あの袋のプリントで電車に乗る根性はありません。なんとかしてほしいのものす、まったく。

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2011年09月29日

#21 悲願達成 本物のひつまぶしを食う

9月の連休に名古屋でインプラント学会がありまして、二日間にわたり多いに研鑽を積んで参りました。

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名古屋国際会議場

学会はさておき、名古屋と言えば ひつまぶし、実は僕は長年 ひつまぶしに憧れておりました。皆さん、東京、横浜のどこかで本物のひつまぶしを食べさせる店を知っていますか? 
本当の ひつまぶしとは、ウナギを蒸すことなく香ばしく焼き上げた蒲焼きを細かく刻み、それを熱々のご飯一面にびっしり敷きつめ、秘伝のたれが程よく染み込んだ、ああ、もう死んでもいいくらいに美味なるもの。ウナギの焼き方が関東の蒲焼きと決定的に異なるのがポイントです。

食べ方にもこだわりの流儀がありまして、ひつまぶしを4つに分けます。一膳目はそのままに、二膳目はネギなどの薬味を散らして、三膳目はダシを書けてお茶漬けで食べます。そして4膳目はその三通りの中で最も好きな食べ方で食べる、というもの。

名古屋でも有名なのが熱田神宮の近くの あつた蓬萊軒です。偶然にもこの老舗がインプラント学会の会場の近くにあったから最高!  開店(11時30分)の15分前に蓬萊軒に駆けつけたにもかかわらず、その時点でなんと70分待ちの盛況ぶり。休日は観光客が怒濤のように押し寄せると聞いていたものの、TDL並みの待ち時間に愕然としました。普段の僕ならこの段階でゲームオーバーですが、ここまで来て悲願成就させないわけにはいきません、長年のひつまぶしに対する執念が僕をかりたてたのでした。

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一膳目、二膳目は蒲焼きと秘伝のタレのハーモニーが最高で、香ばしさとウナギのうまみが口一杯に広がります、それはもう筆舌に尽くしがたい味わい、まさに悲願成就の瞬間。そして三膳目、ウナギを蒸していないので割と硬めに焼いてあり、その為にお茶漬けにしても生臭さはなく、さっぱりとした味わいがアクセントになります。僕の4膳目は2膳目と同じく薬味を効かせた食べ方でした。蒲焼きとネギ、刻み海苔、ご飯、すべてが調和して、一口頬張ると思わず唸ってしまうほど。

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蓬萊軒は並み盛りで3,100円、量的には十分です。地元の人に聞いてみると、もっと安くてうまいところがあるらしいのですが、好みも人それぞれだろうし、イントロとしては十分に満足しました。
機会があれば ひつまぶし食べ歩きツアーをやってみたいものです。


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2011年09月14日

#20 心に残る僕のヒーロー

心に残る僕のヒーロー

ヒーローという言葉から皆さんはどんな人物を心に思い浮かべますか?
夏の甲子園の伝説 太田幸司の暑い夏。決勝で延長18回ゼロの死闘を演じたヒーロー。ブラウン管を通して見守った一人として彼をヒーローのリストから外すことはできません。

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当時小学校5年生だった僕は放課後日が暮れるまでボールを追いかけていた野球少年でありました。当時の東北の高校野球はレベルが著しく劣り、甲子園の優勝旗が白河を越えることは絶対ない、などと言われるほどの野球不毛地帯でした。
僕にとって甲子園の高校野球は最大の楽しみでしたが、本命の岩手県の代表校が敗れれば宮城県の、それもだめなら秋田県の、と歯がゆい思いをしつつもなんとか東北地方の高校球児の躍進を期待していたものでした。

そんな時代1969年(昭和44年)その夏、彗星のごとく現れた青森県代表三沢高校の快進撃は衝撃でした。とりわけピッチャーの太田幸司のかっこいいこと!マウンドでの整った横顔、力強い投球フォーム、うなる豪速球、三球三振をとってすぐにくるりと後ろを向く姿がそれはもうクールで、クールで、もうしびれまくりでした。いまでも鮮明に記憶に残っています。多分それまで高校野球なんて見向きもしなかったおばさん連中も試合のたびに狂喜乱舞したにちがいありません。野球のやの字も知らない僕の母親でさえも太田の横顔がかわいいと言っていました。後にやってくる甲子園アイドルブームの走りといっていいのでしょう。

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ところでどうして野球不毛地帯に降って湧いたように強いチームが出現したのか?
それは青森の三沢と言えば三沢基地、その当時、基地のアメリカ人の子供を含めたリトルリーグ野球が存在し、太田ら主力メンバーはそのリトルリーグ出身だったのです。なるほど、それなりの下地があったわけです。

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延長18回ゼロが並ぶというまさに死闘。最大のヤマ場は延長15回裏の三沢の攻撃。1アウト満塁で、なんとストライク0でボール3になったとき、僕の心臓は張り裂けんばかりに高鳴った、あと一球のボールでサヨナラ勝ちだー。日本中のひとが息をのんでテレビに釘付けだったに違いありません。しかし相手の松山商業の井上投手もすごかった、ここから必死に2球ストライクを投げ、3球目のゴロでホームタッチアウト、なんとか最大のピンチを切り抜けたのだ。

後日、何かの記事で読んだのだが、このプレーの後でダックアウト前に戻ってきた松山商業のナインが円陣を組みながら号泣したという。一生に一度あるかないかの異常な緊張状態からか、絶体絶命のピンチを切り抜けたあとに去来した恐怖感からか、まだどこか幼さの残る17歳18歳の球児たちの心情に思いを馳せてみるに、無理もなかろうと、その記事を読んだ僕も目頭が熱くなるのを禁じ得ませんでした。松山商業も あっぱれ! 

いま一歩の運がなくこの試合に勝てなかった豪腕の太田幸司投手、彼がこの1試合で投じた球数はなんと262球でした。彼の活躍が甲子園を目指す東北の球児たちをどれほど勇気づけたことか計り知れません。


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posted by S.Shimizu at 23:39| 院長ブログ